サルディーニャ2日目の午後から、いよいよアグリ・ツーリズモ(農家民宿)での滞在になる。昼前にカリアリを出てOristano(オリスターノ)方面に向かう。
サルディーニャ州は、歴史的に4つの地域に分かれていて、現在でも4県、そしてサルディーニャ州のシンボルマークは、赤い十字のそれぞれの象限に4人の男の横顔が描かれている。このマークはサルディーニャ関連のいろんな場面で目にする。

4つの県のうちの一つがオリスターノ県、その県都の名前もオリスターノである。オリスターノは、サルディーニャ西岸の真ん中(南北の中央)の海に面した小都市である(イタリア地図)。

オリスターノ方面へ平原100kmのドライブ
この日から2泊3日で滞在する農家民宿「Il Sinis(イル・シニス)」は、オリスターノから10kmほど先のSan Salvatore(サン・サルバトーレ)という海沿いの小さな集落のそばにある。通訳兼ガイドの横澤さん(会社のHP)の車と運転で、カリアリを出発し、国道を北西方向に進む。オリスターノまでおよそ100kmである。
国道といっても、ほとんど高速道路みたいなもので、幅広く平坦な道を快適にドライブする。制限時速は80kmと表示されてはいるが、流れにのった状態で120kmぐらい出ている。さらっと追い抜いていく車は、140km以上出ているはずだ。ちなみに、こちらの車は(レンタカーも含め)ほとんどがマニュアル・ミッション(MT)で、オートマチック(AT)車は稀である。横澤さんの車もMTだが、スムーズに運転していて、安心してドライブを楽しむことができた。
国道を高速でドライブしながら、周囲の風景を眺める。大きな平原部で、多少の起伏があり、少し離れたところには数百mクラスの山々が並んでいる。山は、低木もまばらにあるが、その緑よりも、乾燥した地肌があらわになっている部分が多い。高い木や深い森は見えない。国道の周囲は、刈り取られた後の麦畑が続き、枯れ草色の大地が続いている。畑の間に、ぼつぼつと緑の木々が並ぶ。ところどころに葡萄畑らしい低い緑の木々の列がある。これがサルディーニャの大地だ・・・ちょっとした感慨がわく。

サルディーニャの風土と農業
農業の条件から言えば、こういう乾燥した土地と、日差しに恵まれた暖かい(暑すぎない)気候は、甘くて美味しい野菜や果物が出来て当然の、いわば成功が約束された環境である。乾燥した土地では、農作物の旨味や甘みは自然に凝縮される。枯れないように最低限の灌水さえすれば、甘いトマトや果物がさほどの苦労なく収穫できる(しかしポンプや灌漑設備が整う近代以前はこの灌水が最大の困難だったはずだ)。
乾燥していると、病害虫の発生も少ないし、なにより雑草が繁茂することがない。それに比べて、日本の気候はあまりに湿気が多すぎる。雨にあったトマトは水ぶくれで破裂し、病害虫やカビがはびこる。なにより勢いのよい雑草に作物が埋もれてしまう。日本では、この湿気や雨との闘いが、そのまま農業の厳しさに直結している。水分は作物の成長になくてはならないものだが、過剰な水と湿気は、(人間の営みとしての)農業の重荷になる。
このサルディーニャの乾燥した暖かい風土では、人々はさほどの労なく甘いトマトやブドウや果物を収穫することができるだろう。そして、こうした恵まれた農業の条件は、おおらかな人間性を育むのだろう。現実に、サルディーニャの産物とそこに暮らす人々の雰囲気は、この想像を裏切らなかった。
しかし他方で、恵まれた土地のイメージの対極にあるのがサルディーニャの内陸部の山岳地帯、Barbagia(バルバジア)と呼ばれる地域である。ラテン語で「野蛮人の地」を意味するという広大な山岳地帯は、牧羊ぐらいしかできない荒涼とした大地である。バルバジアについてはまた後日触れる。
オリスターノからサン・サルバトーレへ
さて、なにはともあれ、いま向かっているのは、海沿いの農家民宿「イル・シニス」である。オリスターノに近づくと、内陸の乾燥した大地とは違って、緑が少し多くなってくる。沿岸部の低地に池や沼地が見え、その周囲には草が茂っている。これまでの枯草色とは違って、鮮やかな緑の世界である。
オリスターノから農家民宿までは、地元に住むシルベストロさんの車に先導&案内してもらった。シルベストロさんは、今回のサルディーニャ滞在の手配やガイドでお世話になったもう1人の日本人・藤田智子さんのパートナーであり、州の農業機関(ERSAT)に勤めながら自分で大きな農場も経営している(いわば兼業農家)。ERSATというのは、日本でいうと県の農業関係の部局あたりで、農業改良普及員の仕事に近いと思う。農家民宿への支援も仕事らしい。藤田智子さんは、イタリア各地の農家民宿の厨房で料理の研究をして、いまはサルディーニャを中心にした食材の輸入販売や、ガイドの仕事をしている(会社のHP)。今回のサルディーニャ滞在の後半は、藤田さんにガイドや手配をお願いしたが、この日はシルベストロさん1人に案内してもらった。
実は、ちょうどいま(〜10月12日)、新宿の伊勢丹でイタリア・フェアが開催されていて、そこに藤田さんの会社もブースを出して、サルディーニャのオリーブオイルやボッタルガ、その他の選りすぐりの食材を販売している。東京近辺の方、イタリア食材の調達にぜひどうぞ。
日本で見慣れた風景・・・

オリスターノの町はずれから、車2台を連ねて、農家民宿のあるサン・サルバトーレに向かう。海沿いの道で、汽水湖のそばを通る。湿地帯もあり、その周囲には、日本で見慣れた黄緑色の絨毯が広がっている。穂が黄色くなり始めた稲である。オリスターノ周辺は、イタリアでも有数の米の産地で、確かにあちこちに田圃の風景が広がっている。このあたりは、サルディーニャの他の地域と比べて湿度が少し高く、低湿地もあり、稲作の可能な気候である。
農家民宿イル・シニスに到着
サン・サルバトーレという集落の周りには、車がたくさん停まっている。今日はお祭りであり、見物客も多いのだろう、道路には路上駐車の車が数百mも連なっている。この集落とお祭りについてはまた後ほど触れる。
路上駐車の列が終わったあたりに、目的地の農家民宿「イル・シニス」があった。道路から背の高い生け垣で隔てられた中には、平屋の家屋と別棟が並んでいる。

庭に車が10台ぐらい駐車され、数十人がテラスにいて立ち話をしたりしている。
ちょうど昼食時で、離れの部屋に荷物を置いてすぐに昼食に向かう。食堂前にたくさんいた人も既に中に入ってテーブルについている。食堂は100人近い人がいて、既に賑やかに食事がスタートしていた。この人たち全員が宿泊客なのだろうか?? 状況が分からないまま、とりあえずテーブルにつき、食事に手をのばす。
前菜
大皿に乗せられて隣席から回ってくるのを各自が好きなだけ取り分けていくスタイルである。まずは、白身魚のトマトソース煮込み。魚は前日夜の食事に出てきた小さなサメである。やはり少し身に臭みがある。この鮫の身を、優しいトマトソースが抱いている。白身とソースがしっくりなじんでいて素直な味でおいしかった。お店の料理ではなく、家庭料理だ、ということがこの1皿目ですぐに実感できた。これが農家民宿なんだ、とわくわく感がつのる。

次は、期待していたボッタルガ(カラスミ)のスライスである。ボラの卵巣を塩漬けして乾燥させて作られる。厚めのスライスに、オリーブオイルがたっぷりかかっている。ボッタルガとオリーブオイルの黄金色コンビに野菜の緑が映える。

さすがの美味しさだ。ボッタルガは厚いスライスだが、この分量を一気に食べても、しょっぱくなく、しつこくなく、うまい。ワインとともに、ばくばくと食べ続ける。合計で何皿分か食べてしまった(日本で食べたらこれだけで数千円分!)。この土地のボッタルガの塩分はあまり高くないようで、強烈なインパクトのある味ではなく、やさしくジンワリと旨味が伝わってくる。だから、たくさん、ばくばくと勢いよく食べられるのだ。
テーブルにあるワインは、赤しかなくて、それを飲んでいたのが、もし冷えた白ワインがあれば最高の幸せだろう・・・。このボッタルガの味にあわせるのは、やさしくほのかに甘みを感じられる、でもすっきりした白。しかし、他の農家民宿でも同じように、食事の時のワインはほとんど赤だけだった(魚メインでも)。ま、郷にいれば郷に従え。文句は言わず、その場の料理を楽しむだけである。あぁ、しかしやっぱり白ワインがほしい。このことからも分かるように、イタリアの家庭の食事では、ワインはあくまで料理の脇役であり、こだわりなく当たり前に、そこにあるものを飲む、ということのようだ。それがやはり「日常」であり、この「日常」こそが文化の土台となる。
次にまわってきたのは、エビの素揚げ。甘みがあってうまかった。

赤タマネギのマリネ。これも、酸味がやさしく馴染んだ家庭の味で、さっくり柔らかい歯ごたえ(生でもなく煮込みでもない歯ごたえ)で、おいしかった。このタマネギマリネは、これ以降、サルディーニャ各地でよく出てきた。

次に、イカとオリーブと黄パプリカのオイルマリネ。これもイカとパプリカの甘みが馴染んで、おいしい。
前菜は他にも何種類か出てきた。野菜のフライ、肉団子。それから、サラミ。ズッキーニのマリネもあったはずだ。
これらの前菜で、何皿分食っただろうか。食堂の中は、さらに賑やかに、盛り上がっている。給仕に動いているのは高校生ぐらいの男の子や女の子たちで、この農家民宿を家族総出で切り盛りしているようだ。

プリモ・ピアットのパスタ
さて、前菜が一通り終わったところで、大皿にのったパスタの登場である。

イカのソースのペンネだ。このイカソースも、なんともいえず優しい味で、見た目の色ほど濃い味ではなく、魚貝の旨味を素直に出しただけの、塩分もあまり高くない、やはり家庭の味といえるものだった。
このパスタもおかわりをした。ここまでずっと自分のペースで快適に食べられていて、この調子ならどこまでもいける、という感覚である。料理が全体に優しい味で、あまり強い味付けはなく、塩分も控えめ、こうした家庭料理そのもののおかげなんだろう。毎日腹いっぱい食べられる料理である。
セコンド・ピアット(魚)B>
ここでメインだが、これまで食事に夢中になっていたため、全くメインの予想をしてなかったのだが、期待通りといえば期待通りに、魚が出てきた。焼いた魚介の盛り合わせ。

これはただ直火でローストしただけの魚貝の盛り合わせである。軽い塩ぐらいで、オリーブオイルもたらしてないようだ。奥に横たわるのは、例のボラである。手前の背中姿は、チヌ(クロダイ)。逆「の」字形に巻いているのは、ウナギだ。まさか、サルディーニャでウナギに出逢うとは。。。これも新鮮な驚きだった。
ウナギのローストの腹側アップ。ウナギはいつも腹側を上にして出てきた。

この魚介ローストの盛り合わせ、とりあえず全部食べる。焼きボラは、もしかして人生で初めて食べたかもしれない。少しクセはあるが、十分に食べられる味の白身である。チヌはまあ日本と同じだ。ウナギも、開いてただ炭火で焼いただけの白焼きは日本でも食べることがあるが、丸のままのローストは初体験である。食べてみると、丸のままだけあって、皮はパリパリに焼けているが、中身はジューシーさが残っていて、思ったよりもいける。丸のまま、ただ直火でローストするだけのやり方は、原始的といえばそうだが、やはり魚自体の旨味が逃げずに濃縮して、味わい深いものだった。
この時は、まったく気にもかけなかったが、後で考えてみると、ここの料理は、魚が嫌いな人にはつらいだろう。この地域では、海沿いの地域ということもあって、魚をよく食べるようだ。サルディーニャ以外からの宿泊客は、この魚づくしの料理で大丈夫なのだろうか・・・。翌日わかったが、この魚料理をそれほど喜んで食べてなかった同宿の人たちもいた。
付け合わせの野菜
このあたりで、付け合わせの野菜が出てきた。このトマトが今まで初体験のおいしさで特筆に値する。

ステンレスのボウルに入って出てきた小さなトマトとセロリ。これがメインの間の口直しとしてばっちりはまっていた。トマトは、少し細長いミニサイズで、酸味はなく、果物のような甘みがある。ポリポリと食べ続ける様子は、サクランボでも食べるときのような感覚だが、その味もなんとなくチェリーを感じさせる果物的なトマトだった。みんな、ボウルに手を伸ばしてはポリポリとトマトを食べ続けている。
ちなみに、翌朝、この農家民宿の菜園で、このトマトを発見。こんな風になっている。

セコンド・ピアット(肉)B>
やっとラストらしき主菜の肉が出てきた。とりあえず超接写をご覧あれ。

なにかお分かりだろうか? 子豚の鼻である。そう、出てきたのはサルディーニャ名物の「仔豚の丸焼き(porcheddu)」。丸焼きといっても、既に切り分けられた状態で出てくる。

味付けは、軽い塩だけで、あとはほのかにハーブ系の香りがするだけである。シンプルな豚肉の味を堪能する。子豚だけあって、肉はとても軟らかい。そして、なんといっても好きな人には堪らない、パリパリの皮。余分な脂が落ちてパリパリに焼かれた皮は、肉の旨味が最も凝縮される部分だろう。この皿もかなりの部分を食べたが、さすがに全部は食べきれなかった。
翌朝、庭をチェックすると、この丸焼きが行われた現場を発見。仔豚の丸焼きは、薪の火で焼くのが伝統だと聞いたが、その通り、屋外にちゃんとこういう設備が整っていた。

おそらく、魚のローストも、この薪の直火でやったのだろう。

食後B>
食後のフルーツとしてメロンが出た。細長いメロンで、けっこう硬めのしゃっきりした果肉だった。

それほど熟しているとは見えないのに、濃厚な甘みと旨味がある。このメロンの甘みと旨味は、これこそサルディーニャの乾燥した大地の恵みだろう。たぶん、そんなに手間をかけなくても、この美味しいメロンが収穫できるのだ。(この想像は翌朝、隣の畑に無造作に置かれた大量のメロンを見て裏付けられた)
次に、焼き菓子のバスケットが回ってきた。黄や緑の包装紙に包まれたアーモンド団子もある。

そして、最後に、カフェ(エスプレッソ)と、ミルト酒である。

カフェは、こういった取っ手のついた小さな専用プラスチックカップで出てきた。こういう製品がやっぱり市販されているんだなあ・・・。ちなみに、この食堂では、テーブル上に最初から三枚の皿が重ねてセットしてあり、一番上はプラスチックの前菜用皿、真ん中は少し深い目のパスタ用皿、下がメイン用の皿となっていて、各段階が終わるごとに、皿だけさげられる。合理的といえば合理的なオペレーションであり、食器類もプラスチックの皿ありフォークありカップありで、全く飾り気のないものだった。農家民宿では、普通の家庭の食事が出ると思えばよくわかる。レストランでの食事とはやはり違うカテゴリーのものだと認識する。気取りがいっさいなく、普通で自然で日常だ。
ミルト酒は、昨晩飲んだのと同じ、濃い色の、ミルトの実から作るタイプのものである。強い食後酒が胃に染みわたると、食事の満足感がさらにアップする。
さて、最後に、この食事の際の食堂の雰囲気を描写しておこう。ちゃんと書いておくべき賑やかで楽しい食卓だった。

食事の合間に、酒の入ったおっちゃんのアコーディオン演奏(ただのお客さんだと思う)が各テーブルをまわり、テーブルの人を含めた合唱が始まる。その合間に、どこからともなく地響きのような、テーブルを両手で叩く音がして、だんだん拍子が速くなっていき、口笛や拍手も入り交じって、フィナーレ。これがしばらくたつとまた起こり、何度も何度も繰り返された。向こうの方では、おっちゃんや兄ちゃんたちが思い切り盛り上がっている。後で分かったが、この一団(20人ぐらい)は、サン・サルバトーレのお祭りに参加してマラソンしてきた男たちだった。彼らが「村の青年団」のノリで、健康的に無邪気に盛り上がっているのが、違和感なく受け入れられた、賑やかで楽しい食事の時間だった。
この昼食が終了したのは食べ始めてから2時間以上、ちょうど3時間ぐらいだったかもしれない。腹いっぱいの満足感とともに、部屋に戻って昼寝をする。まさに、幸せな休日の午睡である。
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